2018年4月8日日曜日

友人への手紙 ゴルゴダの丘 その2


 前回の続きです。

 イスラエル旅行経験者のあなたに、エジプトで、ゴルゴダの丘について尋ねたとき、あなたは「ゴルゴダの丘というはっきりしたものは無かったと思う」と答えていました。ゴルゴダの丘を見るのが最大の目的だった私は、がっかりしたことを覚えています。
 しかし、「ゴルゴダの丘は無い」というのは、半分正しくて、半分間違っていました。
 つまり、ゴルゴダの丘は殆ど見えなくなっているのです。ただし、「触る」ことはできます。
 上に引用した聖墳墓教会の断面図を見てください。教会内部の十字架の立っている部分がゴルゴダの丘です。但し、ベージュ色の斜線が入っている部分は、教会建設のために削り取られた岩の部分です。灰色の部分が残っている岩の部分。ゴルゴダの丘の岩も一部残っていますが、残っている岩は殆ど全て建物で覆われています、正確に言うと、教会の床の下に隠されてしまっています。岩の一部だけ、ガラスの板に覆われて見える部分もありました。
 こんなふうになっているのです。





 聖墳墓教会の中に入ると、右手すぐに細くて急な階段があります。3メートルほど登ると、平らな床になっていて、その先に実物大の(?)イエスの磔刑像(板?)が飾られています。その場所がイエスが磔にされた場所。そしてその床下にあるのがゴルゴダの丘です。

 磔刑像の前には大理石の机が置かれていて、その机の下には直径20センチほどの穴が開けられています。そして参拝者(?)は、机の下に屈みこんで、その穴に手をいれると、30センチほど下にある岩、平らで滑らかな岩、毎日何千人もの人が何百年以上に渡って触り続けてきた岩に触れることができます。それこそが、ゴルゴダの丘の岩です。そこでイエスが磔にされたという岩です。
 このイエス磔刑の場所はカトリックの管轄だったはずですが、司祭が押し寄せる巡礼者の群れを制御しているわけではありません。全世界からキリスト教の巡礼者がやってきていますし、私のように信仰を持たない<見学者・物見遊山>の観光客も大勢やってきています。当然、長蛇の列で押し合いへし合いとなっています。敬虔なクリスチャンにもあるまじき、横入り横滑り客は多数。で、そんな男(老人)に業を煮やしたのか聖職者がふつつか者を捕まえます。すると男が、
” Don't touch me! ”
 と大声で叫び続けているのでした。聖職者のほうはカトリックの服ではなくて、ギリシャ正教かあるいはエチオピア正教の司祭服のようでしたけれども、数分に渡って、この白人の割り込み老人と激しく口論をしていました。時々、Police! という大声もどこかから聞こえてきました。.....これが、聖墳墓教会の日常の風景、らしいものなのです。
 カトリックとギリシャ正教、エチオピア正教、アルメニア正教などが<共同で管理>しているこの聖墳墓教会では、何年か前に「派閥入り乱れての」聖職者たちの殴り合い事件が起きていて、19世紀半ばには50人以上が死ぬような(!)事件も起きています。その頃からこの教会の扉の鍵を管理しているのはイスラム教徒の家族ということになりました。私が行ったその日には、入口を入ってすぐのところに、椅子を老いていて、温厚そうな顔つきの(ニコニコしていました)イスラム教徒の老人がスーツ姿で座っていました。で、その日も、キリスト教徒たちは、司祭も信者も含めて、ゴルゴダの丘という聖地の上で、キリスト磔刑像の前で、ああして怒鳴り合いの喧嘩を続けていたというわけです。.....イスラム教徒が必要になるのも、もっともです。
 私を含むツアーの仲間たちは、30分ほど並んでやっとゴルゴダの丘の岩に触れることができました。
 しかし、イエスの遺骸が収められたという墓を覆う御堂(エディクラ)には、ゴルゴダの丘以上の長い人の列ができていて、2時間は待ちそうだったので、こちらは観光を諦めました。ツアーガイドも当初からここを見ることはできないと言っていました。もっとも、この教会の壁の奥の部屋には、キリスト時代の墓の実物がそのまま残されていて、キリストの遺骸が安置されたものと同じ様式の墓を見学することはできました。

 ところで.....キリストが墓に入った、ということは無かったと私は思います。

 これは「私の考え」ではなく、バート・アーマンという初期キリスト教研究の第一人者の本からの受け売りです。ローマ時代、十字架にかけて罪人を処刑する目的の一つは、その罪人の遺体を棄損するためでした。つまり、十字架に架けたままにして、遺体を鳥がついばみ、溶けて脱落して地上に落ちた脚や腕などを犬が喰うにまかせた、それが十字架刑の意味です。反逆者という最悪の罪を犯したキリストの遺骸を、ローマ人が懇ろに葬るのを許した、などとはとても考えられないという研究者は多いのです。
 もちろん、福音書の記述は、人をキリスト教に改宗させるための<宣伝パンフレット>であり、そこに書かれているのは全て真実である、などと言い張るのは熱心なキリスト教徒のみです。
 だから、十字架に架けられたイエスの遺体が降ろされた、とか、墓に葬られた、ということはなかったでしょう。
 ユダヤ教徒は土葬します。遺体に対して・遺体を傷つけないということに関して、彼らは極めて敏感です。だからこそ、十字架の上で動物に喰わせ、そのまま腐らせるという十字架刑がユダヤ人にとっては極めて恐ろしい刑罰であり得たのです。


How Jesus Became God : Bart Ehrman (2014)

P157
 Johon Dominic Crossan has made the rather infamous suggestion that Jesus's body was not raised from the dead but was eaten by dogs. What I first heard this suggestion, I was no longer a Christian and so was not religiously outraged, but I did think it was excessive and sensationalist. But that was before I did any real research on the matter. My view now is that we do not know, and cannot know, what actually happened to Jesus's body. But it is absolutely true that as far as we can tell from all the surviving evidence, what /normally/ happened to a ciminal's body is that it was left to decompose and serve as food for scavenging animals. Crucifixion was meant to be a public disincentive to engage in politically subversive activities, and the disincentive did not end with the pain and death--it continued on in the ravages worked on the corpse afterward.
(rf. https://matsuuraatsushi.blogspot.jp/2018/03/how-jesus-became-god-bart-ehrman-2014.html )



 さて、そのユダヤ人の墓地について、です。

 ガラリヤ湖畔にあるティベリアスという街に宿泊した翌日の朝、バスはホテルを出発し南に・死海方向へと走り出しました。街を抜ける頃、つまり街の南の外れには大きな共同墓地がありました。すると、バスに乗っていたユダヤ人ガイドがこう説明したのです。
「はい、右の傾斜地に広いお墓があって、どのお墓の石棺も南を向いていますね。土葬です。中には遺体が収められています。そしてその遺体の足の向きは、南に向けられています。どうしてだか、みなさん、解りますか?」
 40歳くらいの男性イスラエル人ガイドの日本語はほぼ完璧でした。
「メシアがエルサレムに降臨して、死者をみな蘇らせます。すると、墓の中から遺体が立ち上がります。立ち上がったときに遺体が、みなエルサレムを向くように、メシアのほうに顔を向けるように、南に足を向けているのです」

 復活は、もちろん、キリスト教徒の専売ではない。ユダヤ教徒もやがていつかは復活することを信じている。イエスの時代のファリサイ派を中心にしたユダヤ人たちは、その後ローマによるエルサレム破壊とディアスポラの果てに、ラビという聖職者が指導する正統派ユダヤ教というものを生み出してゆく。彼らは天国も復活も信じている。
 ティベリアスで広い斜面に整然と南を指して並んでいる多くの石棺を目にした翌日、ネゲブ砂漠やラモンクレータを見物し、そして夕方になってベングリオン夫妻の墓の前に立った。この場所はエルサレムの南にある。そして、もちろん、ベングリオン夫妻の墓は「北に向かって」、つまりはエルサレムの方向を指して造られていたのだった。墓の前に立って、スマホの方角測定アプリを使って私は確かめた。
 まるでインディージョーンズの世界である。
 いつしか、メシアがやってきて、石棺の蓋は摩訶不思議な力で自ら動いて落ち、中の骨だけとなった遺体にはこれも摩訶不思議な力で肉と皮膚と血液が蘇り、美しい人間の身体となって立ち上がり、エルサレムの方を向いて歓喜し、メシアに呼び寄せられる......と、信じているのである。

 エルサレムに行き、オリーブ山の斜面に造られているユダヤ人墓地を見た。



 ここにある石棺も、すべて同じ方向を指している。オリーブ山はかつての神殿のあった場所(今の岩のドームの場所)の東に位置している。メシアは、もちろん、神殿のあった場所に最初に現れるはずである。つまりは、このオリーブ山の石棺は全て黄金色の岩のドームを向いて、西向きに造られているのである。
 この全ての石棺の蓋が滑り落ちて、中の遺体が立ち上がり、メシアの降臨を祝う.....ようなことは、しかし、未来永劫にわたってないのだろう、そう思いながら私は墓の写真を何枚も撮った。



作成途中